2016年3月27日(日)

マツヤの『鎌倉物語』つづき。

そう!そうです!あのニガイ思い出…(笑)。

まだ幼い冬太くんが、父の事情に巻き込まれて、連れまわされていた…鎌倉〜四国〜西ドイツ〜西伊豆〜で旅するように暮らし(自分の放浪癖の原点はココにあるのか…といま気づきました)そしてその後、やっと落ち着いて家族の生活が始まるのかと一瞬だけ思われた(苦笑)、東京渋谷区の笹塚小学校へ通っていた子供時代。今は亡き父と一緒に、たまたま観ていた NHK のヴァイオリン・コンクール。そのコンクールの課題曲だった〜ラロのスペイン協奏曲〜を聴いて『これ、いい曲だね・・・』と喋ってしまったばっかりに!そう!喋ってしまったばっかりに!もう一度言おうかな…喋ってしまったばっかりに(笑)!・・・ヴァイオリンのレッスンに通わなければならなくなったあのニガイ事件!・・・同級生の友人たちが皆揃ってワイワイやりながらバットとグローブを持って野球を楽しみに出かけてゆく中…マツヤは小さなヴァイオリンを持ち、隠れるようにして、あの笹塚駅の改札口からレッスンに通ったのでした・・・(苦笑)。
僕の亡き父はクラシックのピアニストで、とても厳しい人でした。しかし、祖父はいつでも音楽を、いや人生を、ジェントルにアドバイスしてくれる優しい人。そして、そのマツヤのヴァイオリン発表会の度、祖父がピアノ伴奏してくれたのでした。おなじ舞台に立った懐かしい思い出です(笑)。

『 田楽屋五十周年おめでとうございます。』

そんな、祖父や家族の懐かしい思い出を抱きながら、演奏して唄う鎌倉でのコンサート…マツヤにとってやはり特別な夜でした(涙)!

田楽屋さん、ありがとう!
ありがとう!ありがとう!
そして、おめでとう!

『鎌倉物語』つづく・・・

[339]  (2016/03/27 Sun 08:05)

2016年3月17日(木)

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さあ!マツヤの伊那谷Lifeが、はじまるぞーーーーーっ!
やるぞーっ!何をやるかは…まだわからないけど・・・(笑)
伊那谷の拠点が決まりましたーっ!南信州の駒ヶ根と中川村のおとなり、飯島町というところです!

勿論、東京拠点は変わりません。

まるで旅芸人(笑)東京と長野を行ったり来たりの音楽生活です!

自分の残りの音楽人生の事を考えた時、トーキョーの時間だけで、完全燃焼するのは不可能と感じて、この地を探していました。これから、今までやった事のない、東京〜伊那谷、伊那谷〜東京、を行ったり来たりする生活の中で、本当にやりたい音楽的方向性が明確になり、発信したいメッセージが、新しく生まれてくる様な予感がしております!

どうぞ、あたたかく見守ってくださいーっ!

楽しく暮らしてゆきましょう(笑)!

[338]  (2016/03/17 Thu 12:27)

2016年2月24日(水)

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憧れのドラマーMr. Steve Gadd に会って来ました!
素晴らしいギタリスト John Toropea のツアーで来日中のスティーブに。あー。ベースのNeil Jason との Groove !! さいこーでした。That was Huge !!!

そう。マツヤのNY録音CD『Yellow Black Music 』バンドリーダーの James Allen Smith・・・Jimmy は、Steve Gaddの古い音楽仲間。Jimmy の遺作でもある作品の完成報告をして来ました!
一瞬でしたけれど会えて良かった(笑)!

Thank God ! & Thank Gadd !!
& Thank Yooooooooooooooou !!!

[336]  (2016/02/24 Wed 14:51)

2016年2月22日(月)

マツヤの『鎌倉物語』

鎌倉の小町通り『田楽屋』開店五十周年をお祝いするコンサートに出演させていただきました。落語家の桂歌助さん、俗曲の春風亭美由紀さん、三味線ユニットの彩璃火さん達とご一緒させていただきました。マツヤは声が大きいし(笑)ホールでのコンサートは大好き。あー。大きな声で唄って、気持ちよかった(笑)!

『田楽屋』そして『鎌倉』はマツヤ心の故郷。

わたくし松谷冬太は元々鎌倉出身でして、幼少時代を鎌倉市二階堂、荏柄天神そして端泉寺の近くで育ちました。今は亡き母(父と結婚するまでは、横浜辺りで唄ったジャズ・シンガーでした)が 『 つりがね 』という食事処を営みながら、毎朝 Drive する車で通った保育園は、材木座保育園。ですからマツヤは、材木座や由比ヶ浜の海岸育ちなんです。
松谷の祖父は、戦後ジャズ界の草分けで、横須賀の米軍キャンプなどでビッグバンドをやっていたジャズマンでした。所謂グレンミラーの楽団、カウント・ベイシーの楽団などに影響を受けていたんだと思います。その頃のお仲間に、クレイジーキャッツ結成前のトロンボーン奏者・谷啓さん達がいらっしゃったり…それから、あの伝説の人…後にアメリカへ渡り、日本人では初のアカデミー助演女優賞を受賞した、ナンシー梅木さんを東北でしたか…バンドの巡業先で、その才能を発掘、上京を薦めて連れてきたのは、祖父・松谷穣(まつやみのる)でした。
祖父は、ジャズからポップスから歌謡曲、そしてクラシックまで幅広く音楽を愛したジェントルマンでした。

そう!そうです!あのニガイ思い出のお話を…(笑)。

つづく・・・

[335]  (2016/02/22 Mon 16:50)

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